2011年2月9日水曜日

Eメールの終わりの始まり

ティーンはもうメールを使わない–メッセージングに賭けたFacebookは正しかったかも
“高校生たちはメールを使わない。SMSを大量に使っている。お互いにメッセージを送り合いするためには、SMSやIMのような軽いものがよいようだ。”

そもそもEメールは(もともとは)内輪で使う程度の仕様しかなくセキュリティに無防備で、その場凌ぎの仕様追加が歴史的に積み重なって仕様はもはや後戻りできず、かつ実際の現状としてはその過半がSPAMであるという出来の悪いシステムであるにも関わらず、その代替がないため今まで生き残ってきたものだ。
(Google Waveがそれに立ち向かおうとして砕け散ったのは記憶に新しい。)

アメリカでは以前からBlackberryのSMSが主流で、Facebookのメッセージングを使うという素地はできていた。かつAndroidの普及により、PC FreeでFacebookが使える(のだろう多分。知らないけど)。
日本では携帯キャリアの都合で異なるキャリアとのショートメールができないためSMSはいまいちだが、その垣根をFacebookが打ち破ってくれたらうれしい。

ただ問題は、Facebookのメッセージングが結局Eメールのように仕様追加を繰り返してスパゲッティになってしまう恐れがあることと、もう1つは(そして最大の問題は)既にミニ・インターネットであるFacebookに、さらに社会的インフラを預けても大丈夫かという問題がある。
(Googleに替えがない以上に、Facebookに替えはないかもしれない。いや、やってみれば他のものが充分に替えになるかもしれないが。)

まあ米Yahooが退場しつつあるように、10年後にはFacebookもないかもしれないけどね。

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